月光は変わらず机を照らしている

「もうホロライブ さくらみこ コスプレ衣装夜だね」「そうですね」「あ、ナナミンこれあげるよ」そう言って虎杖はポケットを探り始めた。しかしあれ、あれ?と言うばかりで次第に目も泳ぎ始めた。「どうかしましたか」「たしかポケットにブラックサンダー入れてたと思ったんだけど……落としたかなぁ」「そんなこともあるでしょう」あっさりと会話を終わらせた七海に虎杖はなぜか悔しそうにしている。「今日バレンタインなの知ってた?」「バレンタイン……ああ、今日が14日でしたか」「お世話になってるお礼にチョコぐらいって思ってたんだけど、落とした……」日々のお礼がブラックサンダーなんですか?とついつっこんでしまいそうになったが耐えた。がっくりと肩を落とす虎杖がなんだか面白い。笑いをこらえながら二三言話をしているうちに伊地知が到着して車に乗り込んだ。高専に着く頃にはバレンタインのことなんて頭から消えていた。珍しく誰もいない事務室には冷たい月光が差し込んでいた。割り当てられた机にはなぜかファイルが山積みになっている。これ以上時間外労働をする気はないが、このままにしておくわけにもいかない。七海は何度目かのため息をついてファイルを整理し始めた。報告書、企画書、使用許可証……後から発生する面倒を防ぐために現場に求める事務仕事の数は膨大だ。若干辟易しながらも七海は淡々と仕分けをした。そうして最後のファイルを手に取ると、なにかが机から滑り床に落ちた。「……ん?」かたん、と軽い音を立てたそれは緑色に白が入った小さな箱であった。月光に照らして目を細めてみれば、どうやらミロ風味らしい。「チョコレート……」裏には付箋が貼られていた。それには太い字で『お疲れ様』とだけ書かれている。……貴女は裏写りなんて気にしませんからね。確かに読みやすいのは読みやすいのですが、そろそろ普通のペンも使ってみたらどうですか。「というか、これ以上大きくはなれませんよ」そのつぶやきは声に出してみると案外部屋に響いた。七海はひとつ深呼吸をして、息を漏らすように笑った。貴女が菓子業界の商戦に乗るなんて珍しい。もしかしたら、本当はただの差し入れなのかもしれない。でも今日これを見つけたということは、貴女が私に対してなにかしらの好意があると捉えても間違いではありませんね。確認する術もありませんしそう受け取っておきます。七海はそんな理屈を3期生 不知火フレア コスプレ衣装つけてチョコレートを受け取っていることが可笑しかった。少し浮かれているらしい。まあ今日の業務は終わっているしいいだろう。椅子を戻して荷物を持とうとしたその時、廊下を走る音がした。「す、すみません七海さんまだ居ますか?!急で申し訳ないんですが、これからお願いします……」「……伊地知さんが悪いわけではありませんよ」クソ、と内心毒づきながらも七海はジャケットを手に取った。そして付箋をはがしたチョコレートを胸ポケットに忍ばせて伊地知の方へ走った。月光は変わらず机を照らしている。マッキーで走り書かれた文字がどこか暖かく七海の机を守っていた。